■ 「運命のタロット」及び「真・運命のタロット」雑感

 水元頼子と《女教皇》と《女帝》のこと

 凛として美しく強い女性、幸せになるために運命と戦いつづける《女帝》は、今でも私の中で大きな存在です。
 《女帝》は初登場時、「綺麗で格好良いお姉さん」ぐらいの認識で好きになった記憶があります。その認識が微妙に変わりだしたのはいつだったか。彼女の正体――というのもおかしいか。彼女の過去を知るに従って、多分、漠然とした憧れが確固としたものに変わっていったのだと思います。ライコが《女教皇》に転写され、やがて至る姿。決定された運命において、敗北することも、愛する人を失うことも、自分の最期すら知りながらなお戦うその強さは当時の私には衝撃的で。「幸せになりなさい」と、ライコ――過去の自分に繰り返し、呪文のように告げる彼女の胸中を推測するだけで泣けてきます。本当に、彼女には幸せになって欲しいけど……それは果たせぬ夢なんだろうなぁ、この世界では。

 まぁそんなこんなで、私は割と《女帝》を理想化して見ているのですが、それだけに、ライコと《女教皇》の未熟さには苛つくことも多かったですね。特にライコは、あまりに身近にいそうな女の子すぎて(笑) それでも、彼女が様々な経験を経て徐々に変わっていくのは好ましかったです。第二部で《女教皇》となった彼女は、第一部の頃とは比較にならないほど大規模なフェーデに参加することになり、その結果に起こった惨事を直視できず、自らを否定してカードにひきこもってしまうことになるのですが。彼女が、『《吊るされた男》』で心身ともに復活を果たした時、どこか《女帝》を髣髴とさせる強さを感じられたことがとても嬉しく、また頼もしく感じられました。もっとも、この時点の《女教皇》が《女帝》に辿りつくまでの道のりはまだ遠そうではありますが……そこに辿りつくまでの過程を、もう少しだけでも知りたかったなぁ(溜息)

 あ、ちなみに。わたしが某ゲームで弓兵の正体に序盤で気づいたのは彼女(たち)のおかげだったりします(笑)

 《魔法使い》のこと

 ライコ&《女教皇》のパートナーにして傲岸不遜の代名詞、《魔法使い》。実は、彼に関してはあまり思うところがなかったりする……というと語弊があるな。えーと、少なくとも彼は誰が転写された姿なのか、については興味がなかったといいますか。彼が誰であったにしろ、ライコと《女教皇》が好きになったのは、そこから数多の経験を経た《魔法使い》という存在だ、と思ってますから。

 個人的意見はさておき、ファンの間であれこれ議論されていたこの問題、最終巻の最後において回答がなされましたね。色々意見はあるでしょうが、個人的にはやっぱり大河だったか、というぐらいでした。でも、彼が死にゆく中で、一つだけ想いを持っていけるならば何を選ぶかとと問われ「あの女性(ひと)への誓いだけでいい。」と思ったとき、その誓いを思い返して――胸をつかれました。《魔法使い》が以前「ライコを守ってやるといったはずだ」と言ったとき、「はて、そんな台詞あったかな?」と首を傾げていたのですが……人間であった頃から、それだけを自らの存在意義としていた彼は、他の全ての記憶を犠牲としても(実質的に「大河」という存在は死んだようなものですね、この時点で)、そのたった一つの想いだけをもって精霊となり、誓いを果たしつづけるのですね。本当に、救いようがないぐらいロマンチストなヤツだ……。

 《魔法使い》がいずれ変化する姿――《皇帝》に関しては、結局ほとんど謎のまま、象徴の力さえ明らかにされないままで終わってしまいましたね。《皇帝》滅消は書くと明言されていて期待していただけに、そのエピソードが読めなかったのは本当に残念。削られた辺りに入っていたんでしょうけどねぇ……《皇帝》絡みで一番印象に残っているエピソードは、彼を失った後の《女帝》との「たった一度」の邂逅かな。あれは、《女帝》が切なすぎた……。あとは、律儀にライコ&《女教皇》のファーストキスを奪いにきたこととか(笑)

 その他の精霊や関係人物のこと

 《愚者》は、「世界の命運に関わる重大な事象」において、《女帝》を庇った《皇帝》を滅消させると言われていますが、彼は《女帝》が親しく付き合っていた《女教皇》の変化した姿であり、《皇帝》が友人である《魔法使い》の変化した姿だとわかっていてその行為にでるのでしょうか。あと、「あんたは骨の髄までティターンズなんだね!」と狂乱した《女帝》が彼を罵っていたのがなんとなく気になる……片桐の身の安全について言質をとり、味方であるはずのティターンズによって滅消するというのも不可解だし。

 《死神》は片桐さんが転写された姿だったりしないか、と特になんの根拠もなく考えていたのですが、これについては特に言及はなかったですね。残念。『《世界》。』での片桐さんの葛藤を突きつめていくと、《死神》のスタンスに近くなるような気もするけど……。

 《愚者》と《死神》といえば、彼らの関係も結局はほとんど解明されませんでしたね。『《吊るされた男》』でクローズアップされてたから、もう少し何かあるんじゃないかと思っていたのですけど。これも幻の第三部で明かされることだったでしょうか(溜息)

 《戦車》絡みも、微妙に気になりますね。自らの首を《力》に差し出してまで、《魔法使い》を《女帝》に託そうとしたのは何故か。単に、それが自分のティターンズとしての役割と思ったからなのか。《悪魔》は《戦車》の心情を察していたようですが……なにせ《戦車》クンは全然喋らないから考えてることが分からないんですよね(苦笑) 《力》が思っていたように、彼は《女帝》を思っていたのでしょうか? これについてはそれっぽい描写はほとんどないし……まだ《神の家》にそういう感情を持ってるというほうが納得できます(以前、彼女を前にしたときに一瞬だけ動揺した様子を見せてたし)

 《審判》によると、《女教皇》が《世界》を生み出すそうですが、《世界》は《世界》で独自の思念があるはずですよね。それに、精霊は例外なくあの〈会堂〉のユニットから生まれるわけだし……。だとすると、彼の言葉が示すのは、《世界》の誕生に《女教皇》が決定的な役割を果たす、ということなのでしょうか。《世界》=ライコの胎児だとすると、遺伝的に繋がりがある彼女と接触することで《世界》は誕生するとか、そういう事態が考えられなくもないような……やはり、《審判》の引用した『ドグラマグラ』のあの歌が意味深ですね。

 作品全体を通して

 運命は、通常ライトノベルやコミックでは主人公達の力で切り開くもの、もしくは滅亡の運命を変えるものですよね。ですが、この作品では全ての事象は誕生した瞬間から定められています。どんな事件がいつ起こって、誰がいつ死ぬか、そして、完全なる純虚数体《世界》の誕生から100億分の1秒後に宇宙が消滅する――そう定められているからには、必ずそれは成就してしまうと、そういう世界です。そういった事実の羅列に留まらず、おそらくは誰かを想ったりする心の動きや決められた運命を変えようと足掻く行為すらも、全て決定された世界。故に、この物語には簡単に救いと呼べるものはないのかもしれません。それを承知でなお、運命に抗おうとするのは途方もなく虚しく、絶望的な行為と言えるでしょう。ただ、そんな世界だからこそ――ライコや《女教皇》、そして《女帝》といった、もがき苦しみながらなお前に進もうとする存在の姿は、強く心に残ることも事実だと思います。

 長く、時に残酷な物語ではありましたが、それでも私はこの本と出会えて良かったと、心の底から思います。

 ……それにしても、最初に手にとったときは、まさかこんなに長い間このシリーズと付き合うことになるとは思ってませんでした。さらに、こんなに難解な内容に化けるとは夢にも思わなかったなぁ(苦笑)

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