『野望将軍(上・下)』[笹沢左保/集英社文庫]

「順風満帆におのれの身を任せておっては、ただ退屈するだけのことじゃ。荒波にぶつかることを恐れておっては、天下は取れまいぞ」
「ごもっともにございます」
「いま仮に、天下取りも難しくない勢威盛んな武将が、現れたといたそう。それなる武将に、わしは逆らおうとするであろうか。その答えは、否ということになる。わしはそれなる武将に従い、忠義を尽くす。しかるのち、それなる武将が天下に君臨いたさんとするときを見計らって、わしは謀叛により敵方に立つ。それなる武将を討てば、代わって天下はそっくりわしの手にはいる。それが野望の妙味、野心のおもしろみというものぞ」

 ――強敵出現(『野望将軍(下)』 p.38)

 「読書の夏」、リスト消化9作品目。戦国時代の武将で乱世の梟雄としても有名な、松永弾正久秀の生涯を描いた作品。どーでもいい話ですが、私が戦国武将の中で妙に久秀好きなのは、この本の影響がかなり強いです。つーか、大河とかでやってくれたら面白いのになぁと常々思う(←多分よほど題材に困らない限り無理)

 先日感想を書いた「ふたり道三」も乱世の梟雄として同じく名高い人を題材にした作品でしたが、あっちを変化球とするならこっちは直球ストレート。「松永久秀」と聞いて大多数の人が連想するだろうオーソドックスな人物像を基本に、ある意味で信長の先駆者と言っても過言ではない、合理主義・現実主義的な人物として描かれています。
 上巻は久秀が奇縁によって三好家に召し抱えられたところから、三好三人衆と堺でいざこざを起こすあたりまで、平たく言えば信長の台頭前。敵対者はもとより、自身を取り立ててくれた相手であろうとも最終目的の邪魔になるならば容赦しないという、その思考の冷徹さ。武士として着実に力を蓄え、機を逃さずにのし上がっていく――つまりは三好家の内部を喰いものにし実質的に乗っ取りを果たしたり、衰えたりといえど武家社会の頂点・足利幕府の将軍殺しを実行してのけたりする過程で仕掛けられる謀略の数々が、実にえげつなくて面白い。
 そんなわけで、上巻はまさに絶好調な久秀ですが、下巻になって信長が舞台に登場してから徐々に雲行きが変わっていきます。表向き信長に服従してからもその反骨精神が衰えることは全くなく、いろいろと策を巡らし反旗を翻したりもしているのですが……なんというか、時勢には逆らえないよね、みたいな。内心では信長を見下しているのに、反旗を翻しても思わぬ要因から頓挫してしまうばかり。そうこうするうちに信長とは歴然とした差がついていき、次第に焦燥に駆られていく様子に、久秀の衰退ぶりを思わずにいられません。とはいえ、最後の最後、追い詰められての一戦に至るまで、本文中で描かれる彼の姿に悲壮感はなく。むしろ、最期まで自分の望むように生き抜いた男として、なんとも小気味のよい印象ばかりが残りました。

作品名 : 野望将軍(下)
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著者名 : 笹沢左保
出版社 : 集英社文庫(集英社)
ISBN  : 978-4-08-749168-5
発行日 : 1986/12

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