『神無き月十番目の夜』[飯嶋和一/小学館文庫]

「……何があった? この小生瀬で。言ってくれ。何もかもがおかしい。村の人々はどこへ行った? つい先頃までここで暮らしていたはずだ。十日夜(とおかんや)までは間違いなくここに皆住んでいた。それが今この百軒余りの宿場で、火を焚いているのはこの家だけだ。お前の親同胞も、皆どこへ行った……」

 ――序章 慶長七年(一六〇二)陰暦十月十三日 (p.15-p.16)

 「読書の夏」、リスト消化6作品目。寡作ながらも実力派の作家として知られる飯嶋和一氏の作品。この作品は江戸時代初期に実際に起こったとされる百姓一揆を題材にした、一言でいうと傑作。……読後は十中八九、やりきれなくなるけど。

 物語は、慶長七年(1602)の陰暦十月十三日、大藤嘉衛門が常陸にある山村・小生瀬に派遣されてきた場面から始まります。ほんの少し前まで普通の生活が営まれていた気配が確かにあるその村には、しかし人影は全くない。村人たちはどこに消えたのか、探索を続ける嘉衛門はやがて現地で聖域として特別視されている「カノハタ」に辿りつき、聖域とはかけ離れた地獄のような光景を目の当たりにします。一体この地で何が起こったのか……結末と疑問を示した後で、作中の時間はまだ小生瀬が平穏の中にあったころに遡り、何が起こってしまったのかが改めて語られていくことになります。
 その内容に圧倒されページを繰る手は止まらなくなるものの、だからといってこれを単に面白いという言葉で括ってはいけないような気がしてしまう。それほどまでに凄惨な物語。村人の誇りと怒り、検地役人の役目と立場。どちらもほぼすべての情報が与えられる身としては理解できてしまうから、些細な行き違いから、取り返しようのないほどの惨劇に繋がっていく一連の過程がやるせない。また、緻密かつ抑制の利いた描写が生み出す独特の緊張感が、ひたひたと静かに迫る破滅の足音を嫌でも意識させてくれます。
 誰もがそれぞれに考え、誰もがより良い結末を得ることを望んで様々な選択をしているのに、そのことごとくが最悪なものにしかなりえなかったという事実が、ひたすらに哀しい。そして、最悪な選択の積み重ねの果てに辿りついた結末の無残さには、もはや言葉すらありません……。

 旧時代と新時代、支配と自由、恭順と抵抗、その軋轢の果てに消えた、悲劇の村の物語。

作品名 : 神無き月十番目の夜
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著者名 : 飯嶋和一
出版社 : 神無き月十番目の夜
ISBN  : 978-4-09-403314-4
発行日 : 2005/12/6

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