『納得しなかった男―エンヴェル・パシャ 中東から中央アジアへ』[山内昌之/岩波書店]

私は何があっても絶対にここに残ります。私が斃れても、同胞たちが遺骸を埋めてくれる土くれがあります。この地を離れるのは、大きな誤りとなるでしょう。陛下の兵士たちには暇を出しました。

――アフガニスタンのアマーヌッラー国王への最後の書信(p.589)

 「読書の夏」、リスト消化5作品目。青年トルコ革命で台頭し、第一次大戦で失脚・亡命するも汎テュルク主義の理想を掲げて様々な活動を続け、最後は中央アジアで反ソ連のゲリラ活動中に命を落としたエンヴェル・パシャの半生を扱った伝記。分類的には学術書のはずなのに小説のようにも読める、ある意味珍しい本。……どうでもいいことながら、私の中では何故かアタテュルクやトルコ共和国成立に関係する本を読んだら、次はこれを再読しなければならないというルールが成立している節があったりする。

 それはさておき、本書で扱われるのはエンヴェルの生涯で最も華々しい時代ではなく、失脚以降。内容は波乱万丈で間違いなく面白いんだけど、その面白さが一般的な英雄物語としての面白さとはちょっと違うのが特徴かもしれません。なんかこう、遠くから生暖かい視線を送る気持ちになってしまうような、そんなダメダメなんだけど愛すべき人を見守る面白さというか(←酷) 真面目な話、幾度挫折し打ちのめされてもそのたびに立ち上がり次の行動に向かっていく姿は普通ならその不屈さに感じ入りそうなものなのですが、それよりもなんて懲りない人だと呆れる気持ちのほうが先に立つのが不思議だったりする(苦笑) エンヴェル評としては「夢想家」(byアタテュルク)というのがもっとも有名なものだと思いますが、これを読む限り確かにそう呼ぶしかないよなぁという感じ。とにかく読んでいると、「そこでなんでそういう方向に行くんですか」とか「いやいや、それは普通に考えて駄目だろう」とか「つーか、まずちゃんと現状把握しようよ」とツッコミたくなること多数なんですよねー。最終的に中央アジアで反ソ連の側に立って戦うことになったとき、かつての名声や地位の影響があるにしても現地での支持も得ているあたり、この人もやはり一定のカリスマあるいは人間的魅力がある人なんだろうとは思います。思いますが、立ち回りとかがどうにもこうにも。まぁなんというか、小説だったら多少は努力が報われてしかるべきなんでしょうが、そう上手くいかないのが現実というか、一人の人間としては魅力的でも指導者として適しているかどうかは別問題だよな、みたいな。
 ライバル的存在のアタテュルクが良くも悪くも現実主義の化身というタイプなので、余計にエンヴェルの思考の甘さや楽観主義・理想主義といった類のものが目につくというのもありますが、それにしてもいくつかの軍事的成功はあるにしろ、何でこれで一時的にでも最高権力が握れたのかなぁとちょっと不思議にならなくもない。逆にいえば、それぐらい当時のオスマン帝国政府は人材不足だったということになるんでしょうが。まぁなんだかんだいいつつ、それでもこの人がいなければ、のちのアタテュルクの台頭もなかったかもしれないと思うと、多少は感慨深いものがあるような。
 
 孤立無援となり殉教を覚悟したとき、彼の胸に去来した思いがどんなものだったのか。結局、彼は理想を現実のものにすることはできなかったけれども、理想に最後まで殉じることができたという意味では、とても幸せな人だったのかもしれません。

作品名 : 納得しなかった男―エンヴェル・パシャ 中東から中央アジアへ
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著者名 : 山内昌之
出版社 : 岩波書店
ISBN  : 978-4-00-001551-6
発行日 : 1999/9/29

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